この近代的なショッピングモールと路面電車のコラボレーションがサイバーパンク的で素晴らしい阿倍野キューズモール。このモールが出来たのは随分と前なのですが僕が行ったのは去年の暮が初めてなのです。天王寺というのはそんなに遠いわけではないけど、なかなか行く機会がありませんからな。
この新しいショッピングモールの通路に変な一角がありまして。
そこはどういうところかというと立ち飲み屋さんとかうどん屋が並んでいる。
この雰囲気からはおおよそ信じられないのだけど。
ほら松屋がある。
松屋と言っても牛めしを出している松屋じゃなくて大阪の立食い系うどん屋のほう。
小奇麗な店舗とはいえ松屋は松屋。おおよそモールに入っているようなお店じゃない。偏見じゃなくて。
そして正宗屋。
これなんか完全にそっち系。大阪のあちこちに点在していたおっさん飲み屋。暖簾を見てもわかると思うけど。ほんとにこんなとこにあるわけない立ち飲み屋。
そして目当てにしていたのがこの明治屋だ。
かつてこのモールが建てられる前に存在していた伝統ある大衆居酒屋だったのだが、モールの立ち退きと引き換えに店をそっくりこの綺麗な通路に移植したという。まさかほんとうに建物をもってきたわけじゃあるまいけどこの再現度は半端ない。店の門構えをうすーくはがして貼りつけたのかな?こういうやり方もあるんですな。
そして店内もすごくて什器やなにかから壁まで完全に古い雰囲気をそっくり持ってきている。とてもじゃないけど自分がいま近代的なモールにいるとは思えない風情がある。実は僕は前の店のときは入ったことがなかったのだけど(なにしろいつも混雑していたので)たぶんそんな変わってないのだろう。それくらい作り物感がなく古びている。
大阪の大衆的飲み屋といえば湯豆腐。もちろんここでも湯豆腐は人気。安くて美味しい。大衆居酒屋らしからぬ繊細さすら感じる味に驚く。その他にも壁に並んだメニューはなかなか豊富だ。湯豆腐がこれだけきっちり作ってあるんだから、きっとどれも美味しいのだろう。とりあえず大衆居酒屋や立ち飲み屋では定番のポテトサラダも追加注文しておいた。
そしてこの店は温かいお酒を注いでくれるガラスのお銚子が実にお洒落なんである。明治屋と刻印されたそれは特注だろう。お土産にでもしたら売れるに違いない。
そんな珍しいお銚子をこのように撮影していたら横のおっちゃんが喋りかけてきた。
「ここは、うどんが美味しいで」と。
うどん!
居酒屋でうどんとは斜め上な!
しかしなにしろうどんには眼のない人間であるから注文せざる得ない。
これがうどん!
ちょっとミニサイズで飲んだ後には実に嬉しい。
味はダシも麺もやさしくていかにも大阪らしい大阪うどん。ちょっと細うどんなタイプなのも含めて。お酒で温まった身体がさらに温まる。こりゃあ確かにイイ。横にいた老夫婦も僕がうどんをのばしているのを見て「こっちもうどん」と注文していた。そういうのも居酒屋の醍醐味であろう。
しばらくポテトサラダをつついたりお酒のお代りをもらったりしていたら先の老夫婦が喋りかけてきてどうでもない世間話していたら、八海山をおごってやるから飲めという話になった。八海山といえば新潟から全国区になったお酒。そして大衆居酒屋の感覚でいえばなかなか高級なほうの銘柄。実際この明治屋でも最高ランクの値段設定だ。(600円くらいだったかな)
注文を受けたお姉さんが八海山をグラスに注いでもってきてくれたのをその老夫婦の旦那さんが「熱燗でね」と言った。するとお姉さんは酒燗器にそれを全部ぶちまける。ここの酒燗器というのがまたクラシカルな代物で、いまどきもうめったに見られないタイプで、上部の管からお酒を入れると中で温められてそっくりそのまま下から流れ出るという面白い仕組み。だからこのお酒もすぐ下にグラスをもっていくと温かいのが出てくるのである。これは一見の価値があると思う。
そうして出された八海山の熱燗は実に美味しかった。
なんでおごってくれたのかはわからないけどこれは嬉しい誤算だ。
すっかり気分のよくなった僕は店を後にした。
次に来れるのはいつになるかわからないけど聞きしに勝る良い店だった。
大阪にはこういう洒落たタイプの老舗店はあんまりないかもしれない。
そりゃあ長く続くわ。