てっちゃんの提案で、最初の食事は
丸安そばで食べようということになった。時間的には朝食だか昼食だかよくわからない。かといってブランチというのにもあたりそうにない。いったい一日に何食摂るかよくわからないのが沖縄滞在時の怖さ。どれが食事かおやつかも曖昧になってくる。というわけで目が覚めて最初の食事というわけにしておくのだ。

太平通りを開南に向かって歩きながら「沖縄で二番めに美味しいソーキそばって何やろね、あははは」などと会話中。本当になんのことやらわからない。一番美味しいのはどこだろう。これから向かういつもの丸安そば?でも丸安そばでいつも食べるのは丸安そばか沖縄そばなので、ソーキそばが美味しいかどうかはよく知らなかった。

丸安そばは昼間の時間帯はガラガラだったりする。どっちかっていうと夜から深夜にかけてのお店なのだ。いつ頃からかカウンターの椅子が背もたれのある妙に豪華なものに変わってしまった。前はすべて脇に並べてあるような木椅子だった気がするのだが。陸上トラックの中で事務仕事をやらされているかのようなアンバランスさだ。実際に座ってみるとスプリングが利いていて、背もたれは優しく全身を受け止めてくれる。これがかえって落ち着かない。そばを食べているときに、ゆったりと後ろにもたれかかりたい瞬間なんてあるのだろうか。寝てしまいそうだ。

てっちゃんは安定の丸安そば。丸安そばの看板メニューの丸安そば(ややこしい)は、500円が平均価格のこの味において300円と格段に安い。ソーキ(スペアリブ)か軟骨の端っこが乗っているそばだ。まあ、要するに、うどんでいう素うどんみたいなものだが、肉々しい具を求めないのであれば、これで十分という話である。肉少なめな丸安そばのほうが、かえってこの店のダシの美味さがよくわかる気もする。丸安そばは自家製のダシをとっているタイプの店だ。沖縄そば屋では既成品のダシの素を使うところも多い。そんなわけで我々はそばを食べたい時は主に丸安そばを注文するようになった。

カウンターにはいつも真っ赤な紅しょうがが用意されている。とんこつラーメンと同じく、沖縄そばも紅しょうがが無いと始まらない。紅しょうがを乗せない沖縄そばなんて、センター抜きで外野を守る野球みたいなものだ。いなければいないでゲームが出来ないわけでもないけど、きっと締まらない試合になってしまうだろう。かといって入れすぎてダシが真っ赤に染まってしまうのも美しくない。

雲から突きでた富士山のてっぺんみたいに綺麗な三角にビシっと決まった紅しょうが。沖縄でよく使われる竹箸も沖縄そばに欠かせないアイテム。この竹箸の赤と黄色のカラーと、紅しょうがを投入した沖縄そばの赤と黄色が鮮やかな対比になっている。これが沖縄そばのあるべき姿に違いない。沖縄そばの黄金長方形といったところか。
てっちゃんの丸安そばに対して、僕は何を頼もうかと迷っていた。そろそろ丸安そばにおいて食べたことのないメニューを少しづつ消化していきたい思いがあるのだ。
「
ちゃんぽん食べたらいいよ」
「そういえば丸安そばのちゃんぽんって人気あるらしいなー」
何の気なしにちゃんぽんの食券を購入してカウンターで出来上がるのを待つ。そばに比べて、なかなか時間がかかる。なんか厨房ではさかんにフライパンをふっている。ちゃんぽんってこんなに時間がかかるのか。
ちゃんぽん550円。
ちゃ、ちゃんぽん。ちゃんぽんってこれか。
気構えが出来ていなくて少々たじろく。三度くらい頭の中でちゃんぽんと反芻した。長崎ちゃんぽんみたいなものをどうしてもイメージしてしまったのだ。やっと思い出した。沖縄での『ちゃんぽん』というのは麺類じゃなくて米料理だったのだ。どこかの本かなんかで読んでさっさと片付けてしまっていた記憶が鮮明によみがえる。
オムライス風だけど、なでつけられたバニラアイスのような、盛り立てのセメントのような、独特な玉子の皮膜が目を引く。昨今もてはやされる技術に寄りかかったふわふわオムライスとは全くの逆。

丸安そばに使われるスープがついてくる。スープの味はよく知っている。安心感がある。さて、メインとなるちゃんぽんとはどんな料理なのか。

スプーンをつっこむと簡単に膜が破れる。
ちゃんぽんの中身は、野菜炒めがのっかったライスだった。そこにコンビーフハッシュも混ぜ込んである。コンビーフハッシュは沖縄の家庭でよく使われるコンビーフを崩してじゃがいもと混ぜあわせたものだ。SPAM缶で有名なホーメル社のものが有名だ。これらが一体になって、ライスは脂や汁でドロドロべちゃべちゃになっている。味としてはかなり濃い。でもたしかに美味い。ごはん料理なのにごはんが進みそうなくらい濃い。といってもごはんを付けてもらうわけにもいかないので、目の前のドロドロぐちゃぐちゃをひたすら食べ進めなくてはいけない。食べれば食べるほどごはんが欲しくなるのでさらに食べ進める。そうやっていくとあっという間にちゃんぽんを平らげてしまった。最後にすする沖縄そばのダシが爽やかだ。
初めて体験するちゃんぽん。沖縄の食堂なんかではポピュラーなようだ。店で食べる料理というより家庭料理ぽい泥臭さがある。ポーク玉子なんかにしてもそんな感じがする。でも美味しいには違いない。丸安そばのちゃんぽんが他の店で出すちゃんぽんと、具体的にどう違うのかはちゃんぽん経験の無い僕にはわからないけど、これが人気メニューというのはよく分かった。他のちゃんぽんも体験してみたくなる。沖縄の基本的な料理ですらまだまだ食べ足りてなさすぎる。
ちなみにこのちゃんぽんにも紅しょうががよく合う。油の濃い料理には万能な紅しょうが。

